ワインの歴史を変えた?1976年のパリスの審判(パリ・テイスティング)とは

Good Wine 編集部Good Wine 編集部

2019.09.17 公開 | 2019.09.20 更新

ワインで祝う

今回はワインの歴史を変えたされる1976年に起きた「パリスの審判」についてまとめます。

アメリカのワインがフランスのワインに勝つという歴史的な出来事で、映画や本にもなっています。

世界のワインに対する概念が変わったパリスの審判の中身を解説していくので、ぜひチェックしてみてください。

ワインの歴史を変えたパリスの審判

1976年5月24日パリのインターコンチネンタルにて、新たな歴史が生まれました。アカデミー・デュ・ヴァンの創設者スティーブン・スパリュアによってアメリカの独立200周年を祝うイベントが開催されました。

スパリュアは、カリフォルニアワインの品質の高さを既に知っていましたが、当時フランスに輸入が殆どされていなかったため、一般には知られていませんでした。このイベントで、カリフォルニアで買い付けたワインの試飲をすると公表しました。

当日まで隠されていましたが、実際にはカリフォルニアワインがフランスワインにどこまで迫れるかというのがこのイベントの隠れた趣旨でした。スパリュアが買い付けたカリフォルニアワインと、フランスのトップシャトーのワインが赤白それぞれ用意されました。

スパリュアは、このイベントは話題を呼び、経営するワインショップやワインスクールの良い宣伝になると考えていましたが、まさかカリフォルニアワインが勝ってしまうとはスパリュア自身も、誰も予想していませんでした。

審査員は全員フランス人。業界の中でもトップの顔ぶれでした。報道関係者も複数招待されたが、当時は注目度が低く参加したのはアカデミー・デュ・ヴァンの受講生である米国TIME誌パリ特派員のジョージ・テイバーのみでした。

それほどまでに、フランスにおけるカリフォルニアワインに対する興味が低かったのです。実際に当時パリで最もワインの品揃えがよかった「フォション」では、安価なカリフォルニアワインが2本あるのみでした。

この日を境に、カリフォルニアワインの人気が爆発し、生産が追い付かないほどの人気が出ました。ワイナリーの数も1970年の240軒から1980年には500軒、そして今1,905軒にまで増えました。

大手資本の導入が進み、更に国際化が進みました。そして、影響はカリフォルニアだけにとどまりませんでした。世界の新興ワイナリーに大きな希望を与え、ワインの国際化が急速に進みました。

主催者のスティーブン・スパリュアとはどんな人物か?

1941年生まれ。パリ・テイスティング開催時は若干34歳でした。ロンドンの老舗ワイン商「クリストファー」で働いた後、1970年パリにて、自身の買い付けたワインを販売する「レ・カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ」をオープンさせました。

顧客の要望により1972年パリで初めてのワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」を開校させました。初めはパリにいる外国人向けに英語の授業を行っていましたが、たちまち話題になりフランス語での授業も行われるようになり、現在は世界中に発展しました。日本だけでも5校(銀座、青山、新宿、大阪、名古屋)あります。

1988年からロンドンに戻りコンサルタントや評論家として活躍し、夫婦で英国産スパークリングワイン「ブラインド・ヴァレー」を生産しています。2017年には英国デカンター誌が選ぶ「マン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。

アメリカがフランスに勝った

審査された白ワインと赤ワイン共に1位のワインはカリフォルニアワインでした。今はどちらも有名なワインですが、当時は無名です。

無名のカリフォルニアワインにフランスのトップシャトーのワインが負けました。もしオープンテイスティングだったら、フランスの圧勝だったことでしょう。

歴史を目撃したTIME誌のジョージ・テイバーは「考えられないことが起きた。カリフォルニアがフランス勢をことごとく打ち負かしたのだ。」と記事を発表し、驚きの事実が瞬く間に世界中に知れ渡りました。

題名は「Judgiment of Paris」=「パリスの審判」。
トロイア戦争の発端になった有名なギリシャ神話「パリスの審判」に準えたのです。

ギリシャ神話 パリスの審判とは

トロイア戦争の発端となった有名なギリシャ神話の一つ。

イリオス王プリアモスの息子パリスが、ヘラ、アプロディテ、アテナの三美神のうちで誰が一番美しいかを判定させられ、アプロディテを選んだという話です。

ルーベンスなどの著名な画家が「パリスの審判」の絵を描いています。

審査方法

本数は赤白それぞれカリフォルニアワイン6本、フランスワイン4本。同じブドウ品種で赤はカベルネ・ソーヴィニヨン主体、白はシャルドネで揃えられ、全てブラインド形式で提供されました。

既成概念を取っ払い、グラスの中身と向き合うブラインドテイスティングは当時としては珍しい試飲方法でした。

採点は1本につき、色3ポイント、香り7ポイント、味わい10ポイントの計20ポイント。9人の審査員の合計ポイントを比べたものでした。

まず白ワインの審査が行われ、カリフォルニアのシャトー・モンテレーナが勝利。次の赤ワインこそは負けてはならないと、フランスワインらしい味わいのワインが選ばれる偏った審査が行われました。

だが、蓋を開けてみるとフランスらしい味わいだと思われたものがカリフォルニアワインで、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズのカベルネ・ソーヴィニヨンが勝利しました。

順位とポイントは以下の通りです。

白ワイン

1位 シャトー・モンテレーナ・シャルドネ 1973 (132ポイント)
2位 ムルソー・シャルム 1973 / ルーロ (126.5ポイント)
3位 シャローン・ヴィンヤード・シャルドネ 1974 (121ポイント)
4位 スプリングマウンテン・シャルドネ 1973 (104ポイント)
5位 ボーヌ・クロ・ド・ブシェール 1973 / ジョセフ・ドルーアン(101ポイント)
6位 フリーマーク・アビー・シャルドネ 1972 (100ポイント)
7位 バタール・モンラッシェ 1973 / ラモネ・プルードン(94ポイント)
8位 ピュリニー・モンラッシェ・レプリュセル 1972 / ルフレーヴ (89ポイント)
9位 ヴィーダー・クレスト・シャルドネ1972 (88ポイント)
10位 デイヴィッド・ブルース・シャルドネ 1973 (42ポイント)

赤ワイン

1位 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン 1973 (127.5ポイント)
2位 シャトー・ムートン・ロートシルト 1970 (126ポイント)
3位 シャトー・オー・ブリオン 1970 (125.5ポイント)
4位 シャトー・モンローズ 1970 (122ポイント)
5位 リッジ カベルネ・ソーヴィニヨン・モンテ・ベッロ 1971 (105.5ポイント)
6位 シャトー・レオヴィル・ラスカーズ 1971 (97ポイント)
7位 マヤカマス・カベルネ・ソーヴィニヨン1971 (89.5ポイント)
8位 クロ・デュ・ヴァル・カベルネ・ソーヴィニヨン1972 (87.5ポイント)
9位 ハイツ・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン・マーサズ・ヴィンヤード 1970 (84.5ポイント)
10位 フリーマーク・アビー・カベルネ・ソーヴィニヨン1969 (78ポイント)

1位はどちらもカリフォルニアワインですが、点数を見ると平均点ではフランスが勝っています。ただプライドが挫かれたことに違いはありませんでした。

9名の審査員

  • ピエール・ブレジュー(AOC委員会の統括検査員)
  • クロード・デュボワ・ミヨ(グルメ雑誌『ゴー・ミヨ』誌の販売部長)
  • オデット・カーン(ワイン雑誌『ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス』誌の編集長)
  • レイモン・オリヴィエ(パリの三ツ星、ル・グラン・ヴェフールのオーナーシェフ)
  • ジャン・クロード・ヴリナ(パリの三ツ星、タイユヴァンのオーナー)
  • クリスチャン・ヴァネケ(パリの三ツ星ラ・トゥール・ダルジャンのシェフソムリエ)
  • ピエール・タリ(シャトー・ジスクールのオーナー兼ボルドー・グラン・クリュ協会事務局長)
  • オーベール・ド・ヴィレーヌ(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者)
  • ミシェル・ドヴァズ(アカデミー・デュ・ヴァンのフランス語講座講師)

最後のミシェル・ドヴァズは現在、著名なワイン評論家です。当時は講師でしたが、イタズラ心からフランス醸造協会の会長を名乗ったという面白いエピソードがあります。

フランスは再戦を挑む

フランス人の審査員はフランスワインを守らなければならない立場であったために事の重大性は大きかったようです。

「カリフォルニアワインは熟成しない。30年後に同じワインを飲めばフランスが勝つ。」「ワインの本数に関して、フランスが4本では統計的に不利である」と述べ、中には採点表を返すように申し出る審査員もいました。

そして、10年後の1986年9月スティーブン・スパリュア主催でニューヨークにてリターンマッチが開かれました。審査員はアメリカのワイン業界人8名。フリーマーク・アビーが不参加で、赤ワイン9本の審査が行われました。

熟成すると真価を発揮すると言われていたフランスワインですが、またしても、カリフォルニアの勝利でした。

1位 クロ・デュ・ヴァル カベルネ・ソーヴィニヨン 1972
2位 リッジ・モンテ・ベッロ 1971
3位 シャトー・モンローズ 1970
4位 シャトー・レオヴィル・ラスカーズ 1971
5位 シャトー・ムートン・ロートシルト1970
6位 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン1973
7位 ハイツ・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン・マーサズ・ヴィンヤード 1970
8位 マヤカマス・カベルネ・ソーヴィニヨン1971
9位 シャトー・オー・ブリオン 1970

ただホームタウンジャッジを疑われ、公には認められませんでした。

2006年30年後に熟成させた状態でのリターンマッチが、ロンドンとナパヴァレーの2拠点同時開催で行われました。

公正さに重きを置きロンドンの審査員はイギリス人とフランス人のワイン評論家9名。ナパヴァレーではアメリカ人のワイン評論家とフランス人のソムリエ、イギリス人の記者7名が審査を行いました。

ボルドーの赤はまさに飲み時で、熟成のピークを迎えていました。スパリュアも「ボルドーの赤ワインの寿命の長さが明らかになるだろう。」と語っていましたが、またもや予想が外れ、カリフォルニアワインが1位から5位を独占する形での圧勝でした。

1位 リッジ・モンテ・ベッロ 1971(137ポイント)
2位 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン 1973(119ポイント)
3位 ハイツ・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニヨン・マーサズ・ヴィンヤード 1970 (112ポイント)
4位 マヤカマス・カベルネ・ソーヴィニヨン1971 (112ポイント)
5位 クロ・デュ・ヴァル カベルネ・ソーヴィニヨン 1972(106ポイント)
6位 シャトー・ムートン・ロートシルト1970(105ポイント)
7位 シャトー・モンローズ 1970(92ポイント)
8位 シャトー・オー・ブリオン 1970(82ポイント)
9位 シャトー・レオヴィル・ラスカーズ 1971(66ポイント)
10位 フリーマーク・アビー・カベルネ・ソーヴィニヨン1969(59ポイント)

カリフォルニアワインは熟成しないと思われていたが、見事に覆しました。

3度行われたカリフォルニアVSフランスですが大事なのは勝ち負けではなく、ワインの国際化が進んだことです。

「国に関係なく、偉大なワインは偉大な熟成をする。」と証明され、今後も公正に評価される偉大なワインが現れることでしょう。

パリスの審判を題材にした映画や本

カリフォルニアワインを飲みながら、愉しみたい素敵な映画や本をご紹介します。

映画

「ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡」
経営難だったシャトー・モンテレーナがパリ・テイスティングをきっかけに復活するまでを描いたヒューマンドラマ。本国アメリカでは各地のワインバーでPRを行ったこともあり、話題を呼び、スマッシュヒットを達成。

「パリスの審判」
歴史の目撃者ジョージ・テイバーによって執筆され、パリスの審判30周年を記念して出版されました。

「Wine A Way Of Life」
スティーヴン・スパリュアによって執筆された回想録。彼がどれほどワインを愛しているかが伝わってくる作品です。

まとめ

パリスの審判はワインの国際化を進めるきっかけになりました。

現在ではさまざまな国のワインが流通していますが、そのきっかけとなったのが「パリスの審判」でした。

さらに詳しく知りたい人は、紹介した映画や本をチェックしてみてください!

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