ワインの大敵!害虫フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)による被害の歴史

Good Wine 編集部Good Wine 編集部

2019.09.10 公開 | 2019.09.20 更新

ブドウ農園

今回はワインの大敵となる害虫フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)についてまとめていきます。

各地で発生した被害の歴史と対処法、フィロキセラ以外の害虫や病気についても触れているので、ぜひチェックしてみてください。

フィロキセラとは

フィロキセラは和名ブドウネアブラムシという体長が1㎜にも満たない害虫で、ブドウの根や枝葉を食害し、樹を枯死させます。

フィロキセラは「不毛をもたらす破壊者」という意味です。

元々北アメリカにて生息していたので、アメリカ系のブドウ樹(リパリア、ルペストルス、ベルランディエリ)は耐性をもっています。

しかし、ヨーロッパ系のブドウ樹は耐性を持たないため、深刻な被害を受け、フランスでは約20年間に100万ヘクタールのブドウ畑が破壊されてしまいました。

結果としては、貴重な土着品種の絶滅や、自根のブドウが失われつつあること、ワインが造れなくなり廃業したり、様々な悪い面がある反面に、良い変化もありました。

植物の生態系を守れるよう検疫システムの向上や、土地に適した品種に改植が進んだり、荒廃し畑の値段が下がったため、農民も畑を購入することが出来たり、現在に繋がる多方面での発展がありました。

フィロキセラ伝染の歴史と主な出来事

グローバル化で交通の便が良くなったと同時に病害が広がりやすい世界になり、植物検疫についても審査がされていなかったため世界中のブドウ畑が壊滅の危機に陥ります。

1700年代 北アメリカ

ヨーロッパからの入植者によって輸入されたヨーロッパ系のブドウ樹が次々に枯れて、トーマス・ジェファーソン元大統領が理由を探るために何度もヨーロッパへ訪問します。

ただ当時は理由が解らず、ずっと栽培方法に非があると思われていました。

1862年 フランス ローヌ右岸

ジョセフ・アントワーヌ・ボーティというワイン商が、ニューヨークの友人から贈られたブドウの苗木を故郷ロックモールの家の庭に植えたことにより、フィロキセラがヨーロッパで急速に広がります。

1863年 イギリス南部

ヴィクトリア王朝の植物標本のためのアメリカでの採取に紛れて、持ち込まれます。フィロキセラの影響でブランデーが飲めなくなり、代替えのブレンテッドウィスキーが大流行しました。

1866年 フランス ローヌ左岸

ボーティの家はローヌ川のほとりに位置し、交通路として使われていたローヌ川をつたって伝染します。

1869年 フランス ボルドー

フィロキセラによる被害は受けましたたが、市場は繁栄し続けました。

被害を受けた生産者たちは、スペインのリオハへ移り住み、ボルドーの醸造方法を伝え、ワインを生産します。

1870年 フランス全域へ被害拡大

フランス農務省は、解決法を提示したものには懸賞金を与えると発表しました。

1871年 ポルトガル

甚大な被害をもたらした後の30年後、ドウロの救世主ジョアキン・ピニェイロ・デ・アゼヴェード・レイテ・ペレイラとフランスの研究者によって接ぎ木されます。

1871年 トルコ

ヨーロッパでは甚大な被害が出ましたが、トルコでは深刻な被害ではなかったので、輸出用にワインを造り、記録的な生産量になりました。

1872年 オーストリア

フィロキセラの到来が当初見過ごされて、ブドウ畑が広く荒廃します。

1873年 アメリカ

カリフォルニアワインの父アゴストン・ハラジーによって輸入され植えられた約300種類10万本のヨーロッパ系ブドウ樹が被害を受けました。

後の1880年代には、カリフォルニアデイヴィス校で栽培学が始められ、接ぎ木の技術が確立されます。

1874年 スイス

甚大な被害をもたらした後に、ティチーノ州では接ぎ木のために輸入されたアメリカのブドウ樹を植え、生食用や、蒸留酒の原料として大変な人気がでます。

1875年 イタリア

壊滅的被害を受け、プーリア州で土着品種グリッロが消滅します。(後にシチリア島で繁殖していた。)

カタルーニャ州ではトレパットが一時絶滅し、イタリア本土で広く栽培されていたジロが絶滅したと思われましたが、サルデーニャ島で生き延びています。

1875年 オーストラリア ヴィクトリア

ゴールドラッシュでワイン産業が栄え、広大な栽培地がありましたが、壊滅的被害を受けました。有名なワイン産地ですが、現在も生産量が少ないままです。

1878年 スペイン

甚大な被害をもたらし、後にカタルーニャ州ではそれまで植えられていた黒ブドウを抜き、マカベオなど白ブドウに植え替え、カバが発展します。

1878年 フランスにて接ぎ木実施

接ぎ木によって、やっと被害が食い止められます。

しかしルーション地方のムールヴェドルは、アメリカ系のブドウ樹との相性が悪く、減少してしまいました。

ボルドーでは、マルベックが抜かれ、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロが植えられます。

シャトー・パヴィ・マカンの名前の由来になったアルベール・マカンは接ぎ木の専門家として活躍し、サンテミリオンを再興させました。

ブルゴーニュでは、コルトンの丘のピノ・ノワールを引き抜き、シャルドネを植え、「コルトン・シャルルマーニュ」が誕生します。

ロワール地方プイィ・フュメではピノ・ノワールが抜かれ、ソーヴィニヨン・ブランが植樹されます。

サンセールでもシャスラが抜かれ、ソーヴィニヨン・ブランが植えられました。

1881年 ドイツ

ラインガウ地方ガイゼンハイムにある王立果樹・ぶどう研究所の最初の使命がフィロキセラ問題の対処でした。

耐性のあるアメリカ系ブドウ樹を台木とし、それにヨーロッパ系ブドウ樹を接ぎ木する方法が実施されます。

1885年 アルジェリア

フランスの生産者がアルジェリアへ移り、ブドウ栽培をしていましたが、アルジェリアでもフィロキセラの被害を受けます。

1885年 日本

明治から大正にかけて甚大な被害を受けます。当時山梨県農事試験場にいた神沢恒夫が日本の風土に合った台木を選定しました。

1897年 クロアチア

ヨーロッパが甚大な被害を受けている間、クロアチアはヨーロッパへ向けてワインを輸出します。しかし、遅れてやって来たフィロキセラによって壊滅的な被害を受けました。

1898年 ギリシャ

フィロキセラが発見されてから非常にゆっくり進行したため、甚大な被害にならずに済みます。

しかし、ギリシャ北部に自生していた野生のブドウは絶滅しました。火山性土壌のサントリーニ島は被害が出ずに済みました。

1980年 北カリフォルニア

アメリカ本土2度目のフィロキセラ襲来で、1度目で植え替えたブドウ樹が枯れてしまいます。

3年後には新しいタイプのフィロキセラ(バイオタイプB)に対して、ヨーロッパ系ブドウ樹とアメリカ系ルペストリスの交配台木であるAXR1は抵抗力がないことがわかり、多くの畑で植え替えが行われました。

1990年 アメリカ オレゴン

耐性のある台木を使い、被害の拡大は抑えられます。植え替えに合わせてピノ・ノワールやシャルドネのクローンの選別が進み、オレゴン・ワインの品質が高まりました。

1990年 ニュージーランド

セントラル・オタゴワイン生産者協会の会長スティーブ・グリーンは「まあこの世の終わりではないですから。いつかは来ると思っていましたし」と語りました。

マールボロに輸入されたブドウの苗木に付着していたと考えられています。接ぎ木をして対処されましたが、自根のままの樹も多く残されています。

2006年 オーストラリア ヤラヴァレー

発見されましたが、未だ自根のままの樹が多く存在しています。

フィロキセラの対策方法

1. 耐性を持つアメリカ系のブドウ樹を台木にして、接ぎ木をする。

アメリカ系のブドウ樹は単独や交配させて沢山の種類があり、土地や品種に合ったものや、用途に応じたものが選ばれています。

2. 二酸化硫黄の散布をする。

戦中戦後は二酸化硫黄を入手することが出来ず、被害が拡大しました。

3. 水浸しにする。

フィロキセラは水に弱く、溺れて死んでしまうようですが、ブドウ樹にとっても良くないので、あまり行われませんでした。

4. 益虫を増やす。

フィロキセラを食べる益虫を増やすことで、捕食してもらう方法です。

5. 農薬を散布する。

農薬の燻蒸や、散布が行われました。

6. 土壌を砂地にする。

フィロキセラは土中の粘土含有率が3%以上ないと生息出来ないためです。

7. 植物検疫を強化する。

1878年フィロキセラ条約が制定されました。最初にドイツでブドウ樹の持ち込みが禁じられ、世界中で検疫が強化されました。

8. 拡散するのを防ぐ措置。

実際に1990年のニュージーランド セントラル・オタゴでは、土を掘り返すこと、同じマシンで次から次へと畑に行くことや、公の場に出ることが禁止されました。

フィロキセラ以外の害虫や病気

時にはワインの歴史を大きく変えてしまう病害や害虫について、代表的なものをご紹介します。

スズキイ

スズキイとは、中国、日本、韓国に本来生息するオウトウショウジョウバエのことです。2008年 カリフォルニアで初めて確認され、スイス、アルザス、ドイツなどへ繁殖しています。

症状

このハエは、ブドウに穴を開け産卵します。幼虫になり、そのままブドウを食害します。穴から細菌に感染して腐ってしまいます。

原因と対策

冬の寒さが穏やかで、夏の湿度が高いと繁殖します。炭酸水に浸漬する方法や、ベルメトリン水和剤の散布。

生態系を調べる実験では、黒ブドウではピノ・ノワール、スキアーヴァを好み、白ブドウは糖度の高いピノ・グリを好みました。

べと病

1878年 ヨーロッパで発見されたプラズモパラ・ヴィティコラというカビ由来の病害です。

症状

白い胞子状のカビがブドウや花や葉に付着し、落果します。

原因と対策

湿度が高いと蔓延しやすいため、摘葉などして風通し良く保ちます。ボルドー液(硫酸銅、生石灰、水を混ぜたもの)を散布します。

うどんこ病

1850年 ヨーロッパで発見されたエリシフェ・ネカトルというカビ由来の病害です。

症状

ブドウや葉にうどん粉をかけたような白い粉上のカビが繁殖し、成長が妨げられます。

原因と対策

落ち葉や土の中にいるカビが、風によって運ばれて付着します。開花期に硫黄を含んだ農薬を散布する必要があります。

晩腐病(おそぐされびょう)

発生年は不明ですが、グロメレラ・シンギュラタというカビ由来の病害です。

症状

収穫期のブドウの果実を腐敗させる日本で最も多い病害です。初期は淡褐色の病斑が果皮に表れ、次第に濃くなり、腐敗します。

原因と対策

カビの胞子が降雨によって飛散し、感染します。梅雨に入る前に傘かけをしたり、休眠期にベンレートを散布します。

まとめ

フィロキセラは世界へ伝染し各地で様々な被害をもたらせました。一番の対策は、アメリカ系のブドウ樹の台木に、ヨーロッパ系ブドウ樹を接ぎ木することでした。

フィロキセラ以外にもスズキイやベト病などワインに影響を与える害虫や病気はさまざまです。現在、安心してワインが飲めるのも過去に被害を教訓に対策をとっているおかげです。

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